話題提供:大隅典子・原塑
6月30日にオンラインで第二回ELSI検討会を開催しました。この検討会の目的は、自在ホンヤク機の研究開発段階と使用時に対処すべきデータ管理の法的・倫理的問題を可視化、共有し、さらに、そのガバナンスのあり方を検討することでした。
検討会の冒頭、筒井健一郎先生が開会挨拶をされた後、橋田浩一先生(理化学研究所)が「パーソナルデータの分散管理による人権保障と価値創造」というタイトルで、パーソナルデータの分散管理の手法と、その長所について、詳細な議論を展開されました。パーソナルデータの分散管理は、ムーンショット目標9の「データの分散管理によるこころの自由と価値の共創」において、橋田先生をPMとするメンバーにより、研究開発を進めているものです。橋田先生のご講演に続いて、自在ホンヤク機研究開発チームから、北城圭一先生(生理学研究所)と中村元昭先生(昭和大学発達障害医療研究所)が、自在ホンヤク機の研究開発にあたり行っている研究データ管理の現状を紹介されました。その後、休憩を挟んで、中澤栄輔先生(東京大学)と明谷早映子先生(東京大学)からコメントをいただきました。中澤先生のご専門は生命医療倫理学で、明谷先生は弁護士資格を持ちながら大学に勤務され、アカデミアにおけるデータの利活用を研究されています。
橋田先生によると、多くの事業者に散在しているパーソナルデータを一箇所に集約して管理するのはリスクが高いので、その管理を個人に分散することにより、名寄せされたパーソナルデータを安全に活用できます。また、パーソナルデータは、本人のもとに集約されれば、本人の意思のみにより使用できるようになります。橋田先生は、どのようにすれば、分散管理されたパーソナルデータが本人にとって、また社会にとって、大きな価値を生み出しうるかについての構想を詳述されました。次に、北城先生と中村先生がご説明された通り、自在ホンヤク機の研究開発において、研究参加者の脳波、自律神経指標、発達心理検査のビデオデータなど、多岐にわたるデータが収集されています。これらは、研究データの中でも最も慎重な保護を必要とするものであり、生理学研究所、昭和大学発達障害医療研究所、東北大学では、データ管理の手順書を作成して、慎重なデータ管理を行っています。また、昭和大学発達障害医療研究所では、研究参加者の方々50〜60名との交流会を定期的に開いて研究に関する要望や意見を聞き、研究に反映させています。コメントとして、中澤先生は、自在ホンヤク機の研究開発において、研究への患者・市民参画(PPI:Patient and Public Involvement)の重要性を指摘され、明谷先生は、分散管理の手法は、自在ホンヤク機の使用時に生じるパーソナルデータの管理における法的・倫理的問題の扱いを容易にするかもしれない、という見通しを示されました。
自在ホンヤク機の最初の使用者として想定されているのは、自閉スペクトラム症(ASD)の当事者の方々であり、その研究開発のため、ASDの当事者の方々に参加していただいています。社会的立場の弱い方々が研究参加者となっているため、研究データの管理に万全な体制を整える必要があります。今回の講演により、研究参加者のデータ管理保護体制の全体がわかったことは大きな収穫でした。社会的立場の弱い方々が研究参加者となる研究においては、研究参加者を搾取することがないように、慎重に研究活動を行うことが必要であり、この点からも、PPIを実行することは重要です。自在ホンヤク機の研究開発では、熊谷晋一郎先生が、デルファイ法を使ってASD当事者の方々から意見や要望、懸念を伺っています。これに加えて、中村先生が、研究に参加されている患者の皆様と研究交流会を持たれていることを知ることができて、有益でした。また、自在ホンヤク機を実際に使用するときに、パーソナルデータの管理上、大きな法的・倫理的リスク生じることが懸念されるわけですが、その解決に、分散管理の手法が大きく貢献する可能性を持つことも理解できました。
当日スケジュール
自在ホンヤク機研究開発 第2回 ELSI 検討会
司会:大隅典子
コーディネータ:原塑
日時:2024年6月30日(日)10:00-12:00
会場:オンライン
10:00-10:05 開会の挨拶:筒井健一郎
10:05-10:30 パーソナルデータの分散管理による人権保障と価値共創:橋田浩一
10:30-10:50 自在ホンヤク機開発におけるデータ管理:北城圭一、中村元昭
休憩(10分)
11:00-11:20 コメント:明谷早映子、中澤栄輔
11:20-12:00 総合討論