話題提供:原塑
2024年3月16日の午後に、2時間30分の時間をかけて、自在ホンヤク機のELSI課題を検討しました。外部有識者として、明谷早映子先生(東京大学大学院医学系研究科利益相反アドバイザリー室)、中澤栄輔先生(東京大学大学院医学系研究科医療倫理学分野)がご参加くださいました。明谷先生は、企業との連携における利益相反に関わるリスクマネージメントとデータ利活用に高い専門性を持っていらっしゃいます。化学・バイオ系の研究経験をお持ちであると同時に、弁護士でもいらっしゃいますので、ELSIのL、つまり法学の観点からコメントをいただくことができました。中澤先生は、元々は哲学をご研究されていましたが、現在では、医療生命倫理学を専門とされています。ELSIのEは、ELSIという発想の起源を考えると、特に医療生命倫理学と強い関係を持ちます。したがって、自在ホンヤク機の倫理的課題に関して、意見を伺うのに適任です。
自在ホンヤク機研究開発チームから、ビデオメッセージの形で筒井健一郎先生、オンラインで、綾屋紗月先生、張山昌論先生、佐々木拓哉先生、矢野真沙代先生、現地参加で、この研究会の主催者である大隅典子先生、それから保前文高先生、越智翔平先生と原塑が参加しました。自在ホンヤク機研究開発プロジェクトの全体像は、筒井先生と大隅先生が提示され、その後、プロジェクトの外部連携の部分を綾屋先生が説明されました。最後に、原が、現在までにELSIとして検討してきた課題を述べました。
その後で、参加メンバー全体で、自由討論の仕方で、ELSI課題について議論しました。私にとって特に印象的だったのは、自在ホンヤク機を、実際にコミュニケーション補助ツールとして使用した時に、コミュニケーションに参加している人々が、それをどのように使いそうか、使う場面、コミュニケーションの相手方などについて想像して、それがコミュニケーションにもたらす様々な影響を評価しようとしたことでした。これは、プロジェクトを開始して初めて行った本格的な意見交換でした。
例えば、自在ホンヤク機には、装着者の生体情報や、それに関連する心的状態のデータが蓄積されることになるが、それがいつか、誰ともわからない他人によって読み取られる可能性がある時に、人は、機器を装着しなかった時と同様に、安心してコミュニケーションに参加するだろうか、とか、装着者が、「自分の本音」として何事かメッセージを自在ホンヤク機を介して他人に伝達することを意図して、装置を使用することがあるのではないか、といった可能性が検討されました。また、装着者が、自分の生体情報とそれに関連する心的状態を、他人に読み取らせたり、読み取らせなかったりをコントロールするためのスイッチが必要で、スイッチを操作するときに、それが、装着者の他人に対する信頼の程度を表現することになるので、結果として、人間関係を歪める可能性があるのではないか、心的状態を読み取られないためのスキルも発明されてしまうのではという意見も出されました。装着者があらゆる周辺情報をキャッチしてしまうケースでは、自在ホンヤク機が周辺情報に優先順位をつけたり、相手方の発話の概要を作成し、その二次情報を装着者に伝えることになります。装着者のコミュニケーションが、自在ホンヤク機自体の開発者のバイアスの影響を受ける可能性も示唆されました。こういった事態は、結局、自在ホンヤク機は、単に、装着者のコミュニケーションのサポートをするのではなく、コミュニケーション様式を、根本的に変容させる可能性を持つことを示唆しているように思えます。その変容のあり方は、必ずしも、望ましいものではないかもしれません。自在ホンヤク機が、人々のコミュニケーション様式をどのように変容させそうかを、装着者の多様なニーズにこたえる自在ホンヤク機をどう設計していくか、今後、検討していく必要性を痛感させる、その意味で、実りの大きな検討会となりました。